最終回となる今回は、職務発明制度を活かすためのポイントについて解説します。
1.自社の企業戦略に直結した制度の構築
発明の対価として発明者に「いつ、いくら支払えばよいのか」といったご質問を受けることがあります。もちろん、競業他社と比較して著しく報奨額が少ないのは問題かもしれませんが、平成27年改正法下では、支給額や支給時期を含め、各社各様の自由な制度設計が可能とされています。
例えば、特許出願数を増やしたいという知財戦略を採る場合は、出願時に報奨金を多めに支払う制度とすることが考えられます。また、競業他社の参入を防止するという事業戦略を採る場合には、他社参入を防止し得るようないわゆる防御出願にも報奨金を支払う制度とすることが考えられます。新規の研究を奨励する研究開発戦略を採る場合には、いわゆるパイオニア的な発明に多く報奨金を支払う制度とすることが考えられるでしょう。
このように、自社の企業戦略に直結させ、それを促進させるための職務発明制度を策定し、運用していくことが重要ではないかと考えられます。
知的財産研究教育財団知的財産研究所がこの3月に公表した「企業等における新たな職務発明制度への対応状況に関する調査研究報告書」(以下、報告書)によれば、平成27年改正を機に自社の職務発明制度における発明者への報奨金の算定方法や支払い時期、支払い対象者の改定を行った企業が20%弱存在し、その理由としては、発明奨励が最も高く、次いで、訴訟回避や従業員同士の不公平感をなくすこと等が挙げられています(図表1参照)。
また、報告書によれば、数は限られているものの、発明奨励のために金銭(報奨金)以外の利益を供与している会社も存在することが報告されており、具体的には、賞状や楯の授与などの表彰、賞与への反映、研究費の増額がなされているとのことです(図表2参照)。そして、金銭以外の相当の利益を選択した理由については、発明の奨励を挙げた企業が圧倒的に多い(86%)とあります(図表3参照)。多くの企業が発明奨励のために職務発明制度を活かそうとしていることがうかがわれます。
2.発明奨励、トラブル防止と発明者との対話
特許法35条に則った手続きを行っているといえるためには、相当の利益を支給する際に発明者から「意見の聴取」を行うか、少なくともその機会を与える必要があります。報告書によれば、実際に意見の聴取を受けたことがある発明者の72.2%は意見聴取手続きに納得しているとの調査結果が出ています。
発明者とすれば、優れた発明を行い、企業ないし社会に貢献し、その結果感謝されることが、発明に対する大きなインセンティブになっていると考えられます。職務発明の対価の多寡に関して訴訟に発展してしまうケースにおいても、金額の多寡の問題だけが理由ではなく、発明者が会社に対して何らかの不信や不満を持って退職している例が多いといえます。
このようなことから、例えば社長表彰制度の利用(この場合、必ずしも職務発明制度の一環として設ける必要はなく、既存の社内表彰制度の利用でも発明者に表彰の趣旨が伝わればよいと考えられます)などによって会社の謝意を発明者にわかりやすく伝えつつ、職務発明制度上の意見聴取の手続きなどを通じて、会社として発明者の疑問や不満に耳を傾け、発明者と対話することが、発明を奨励する観点からも、また、トラブルを防止する観点からも重要です。
技術者が国内外の競業他社に就職するなどして、会社の技術が競業他社に流出するといった報道に接することがあります。そのような事態を未然に防ぎ、優れた技術者と会社との間の円満な関係を継続させるためにも、職務発明制度の活用が期待されるところです。